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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)1891号 判決 1966年7月20日

控訴人 松沢真砂樹こと 金律

右訴訟代理人弁護士 臼杵祥三

被控訴人 柳沢好康

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠方法は、次のようにつけ加えるほか、原判決の「事実」欄に摘示したとおりであるから、ここにこれを引用する。(証拠関係省略)

理由

一、被控訴人が、昭和三十九年九月二十九日午前三時頃、長野県小県郡丸子町の控訴人方において、訴外神津栄一が振出し被控訴人の二男訴外柳沢康夫が裏書した額面金二十万円の約束手形一通並びに右柳沢康夫が振出した額面金十二万五千円及び額面金二十万円の小切手各一通を所持する控訴人から、右合計金五十二万五千円の柳沢康夫が控訴人に負担する債務を引き受けることを要求され、右債務のうち金四十二万五千円を被控訴人において引き受ける旨を約し、右の債務引受に基づく債務の弁済のために額面金十万円及び金三十二万五千円の小切手各一通を控訴人に振出し交付したこと、右小切手は、いずれも、その頃、控訴人に支払われたことは、当事者間に争いがない。

二、(強迫による債務の引受)被控訴人は、右の債務引受は控訴人の強迫に基づくものである旨主張するところ、<省略>証拠を合せ考えると、次の事実を認めることができる。

(1)  被控訴人は、控訴人が上田市内で貸金業を営み、その貸金及び無尽金の取立てにつき平生極めて強暴な手段を用い、債務者から畏怖されていることを聞知していた。

(2)  ところが、被控訴人の二男訴外柳沢康夫は訴外神津栄一同原寿雄と共同事業を計画し、控訴人から金融を受け、控訴人に対し、訴外神津栄一が振出し、訴外柳沢康夫が裏書した額面金二十万円の約束手形一通並びに訴外柳沢康夫が振出した額面金十二万五千円及び金二十万円の小切手各一通を交付してあったところ、同訴外人らが右約束手形金及び小切手金の支払いをしなかったため、控訴人は、昭和三十九年九月二十八日午後十一時頃から翌二十九日午前三時頃まで各訴外人ら三名を前記控訴人方に軟禁し、訴外原寿雄をしてその父原柳平を、訴外柳沢康夫をしてその父である被控訴人を電話で直ちに控訴人方に来るように呼び出させた

(3)  被控訴人は、右柳沢康夫の身を案じやむなくこれにしたがい、控訴人方から差し向けられた訴外浅岡三郎の運転する乗用車で上田市郊外にある控訴人方に赴いたところ、控訴人から前記の約束手形及び小切手を示され「この始末をどうする。お前の伜のやったことだぞ。」と申し向けるなど威勢を示され、右康夫の債務を引き受けるよう執拗に迫まられ、その場所に同席した前記浅岡三郎も被控訴人に対し「耳をとってしまうぞ」等とこれに同調したこともあって、被控訴人としては、その際の控訴人の言動が、言動そのものとしては兇暴ではなかったけれども、控訴人の債権の取立が常に強暴に行われかつ息子が右の債務のため軟禁状態にされているうえ、深夜に市外遠く控訴人方に呼び出されたことから、もし控訴人の要求を拒絶したときは、被控訴人及びその二男である訴外柳沢康夫の生命身体にどのような危害を加えられるかも知れないと考え、心ならずも控訴人の要求にしたがい、前記約束手形金及び小切手金債務の一部である金四十二万五千円の債務を引き受け、その場で、右の引受債務の弁済のため被控訴人振出名義の額面金十万円の小切手を同日付で、額面金三十二万五千円の小切手を昭和三十九年十月二日の先日付けで、控訴人に交付し、帰宅することができた。右の小切手は、右の各振出日付に、それぞれ支払人上田商工信用組合により支払がなされた。

<省略>右の事実によると、被控訴人が訴外柳沢康夫の控訴人に対して負担する債務を引受ける旨を約し各小切手を振出した意思表示は控訴人を畏怖した結果であり、控訴人が右説示のような時刻、場所、状況の下で被控訴人に債務の引受を求めたことは、被控訴人が控訴人を畏怖してこれに従うべきことを認識してこれをなしたものと認むべきである。すなわち被控訴人の右意思表示は控訴人の強迫に基づくものと認められる。

三、(法定追認について)控訴人は、被控訴人は後日本件小切手の支払人である上田商工信用組合に行き、その支払いに協力した事実があるから自己の行為を追認したものである旨抗争するところ、前顕甲第一号証、同乙第二、三号証、当審における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人が、控訴人に交付した前示小切手二通のうち額面金三十二万五千円の分につき、その支払人である上田商工信用組合に現金化できるよう電話で依頼したこと、しかし、右の依頼は、右小切手の支払に先立ち、控訴人から命ぜられたものであって、被控訴人としては、これに応じなければ、再び危害を加えられる危険のあることをおそれる余りそれに従ったものと認められ、右の認定に反する原審証人小坂井弘子の証言及び当審における控訴人本人尋問の結果は採用しない。右によると、被控訴人において前記小切手の支払に協力したのが法定追認事由である債権の履行に準ずべきものであるとしても、いまだ取消の原因である強迫の情況が止んだ後になされたものとは認められないから、強迫による債務引受または小切手振出の意思表示を追認したものとすることはできない。

四、しかして、被控訴人は、前示強迫による債務引受及び弁済に関する意思表示を本訴において取消す意思表示をしたものであるから、控訴人が被控訴人から右債務引受に基づく債務の履行として受けた金四十二万五千円は、法律上の原因なくして被控訴人の損失において利得したこととなり、控訴人は被控訴人に右金員を返還する義務がある。

したがって、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当である<以下省略>。

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